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Apr 26, 2021

吉田簑助さん

4月、5月のさまざまな公演が、またしてもコロナにたたられています。個人的にとりわけ残念だなぁと感じたのが、大阪の文楽・人形浄瑠璃の公演でした。人形遣いの第一人者・大看板の吉田簑助さんが、今月をもっての引退を発表なさったのですが、その千秋楽・25日が休演を強いられ、最後の舞台が1日早まってしまいました。25日の切符を買っていたファンの皆さまには、ただただ同情申し上げるばかりですし、有終の美にいささか水をさされてしまった簑助さんも、お気の毒なことでした。それでも、余力を残すことなく、すべてをやりつくした、とご本人も納得のフィナーレ。本当にお疲れ様でございました。

芸歴81年という、ものすごい道のりに終止符をうたれたわけですが、ぼくが特に尊いと思うのは、大病をえて、それを克服なさって、の最後の20年ほどのキャリアです。人気も技芸も絶頂のときに突如襲いかかった病魔を、血のにじむようなリハビリで根気よく乗り越え、ことばの不自由さは残ったものの、人形を遣う上では、見事にもとの状態に戻られた。そのあらましは、同じ年に生まれ同じ病に倒れ、それをねじ伏せていまもお元気にご活躍の、山川静夫さんとの往復書簡をもとにした「花舞台へ帰ってきた」(淡交社)に克明に記されています。

往年の大投手・稲尾和久さん(西鉄ライオンズ)は、通算276勝のうち234勝を、プロ入り後8年間でトントン拍子に積み重ねました。ところが肩を壊して9年めのシーズンを勝ち星無しで終えると、翌年以降の5年間に42勝しかあげられず、引退に至りました。けれども、稲尾さんご自身は、あのまま故障を経験せずにもっと勝ち星を増やして引退していたら、自分はおそらく天狗になり、人の弱みや痛みのわからぬ、とんでもない輩に成り下がっていた。後半5年でいろんな人たちのおかげもあって勝たせてもらった42勝は、自分にとって、スムーズに勝ち続けた前半の234勝よりも、はるかに価値のあるものだと思っている、といった趣旨のことばを残されています。

同じようなことを、僭越ながらぼくは、簑助さんの舞台にも感じるのです。お身体が万全のころの簑助さんの人形の遣いかたには、隅々まで精気がみなぎり、感情、心情もほとばしるがごとき鮮やかな表現でした。ものすごく華があったわけですが、それが時として、人形を遣う簑助さんご本人の姿態のオーバーアクションにもつながり、正直、ぼくには、ちょっと食傷気味なときもあった。

簑助さんは、たとえていえば、(上演中の表情こそ平静を保ったままではありますが)ピアニストやバイオリニストが感情をこめて楽器を演奏するように人形を遣うスタイル・芸風です。その姿がドラマチックな反面、観劇中に人形(すなわち登場人物)よりも簑助さんに注意を持っていかれかねない場合があったんです。そんなこともあってその当時は、簑助さんと同じ時代を担った人形遣いの名人、吉田玉男さんや吉田文雀さんの抑制の効いた遣いぶりのほうに、ぼく自身はより牽かれていたのが正直な気持ちです。

けれどもその過剰さが、病から還られて以降、明らかに削ぎ落とされていきました。その日その日の舞台に立てる喜びや感謝が、ただ無心に登場人物の人形を遣うことと、簑助さんのなかで自然に一体になっているのでしょうか、そういう純度や静謐さ、落ち着きはらった佇まいが年々増していったように思います。病を経験したからこそ到達出来た芸境。ただし、それと並行して、人の宿命として身体の老いは進んでいくわけで、肉体的な老い衰えと芸の純度が、ご本人においてちょうどバランスよく交差したのが、今回の引退なのではないか。失礼僭越ながらそう察する次第なのです。

引退自体は淋しいことではありますが、淋しさよりも、81年のロングランの完走をお祝いする喜びのほうが、今は、ふさわしい気がしています。

簑助さん、本当にありがとうございました。これからも1日1日、お元気にお過ごしくださいませ。

●簑助さん引退の舞台挨拶のユーチューブ
https://www.youtube.com/watch?v=JEIoGo3HSl4