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May 2, 2022

客席の背もたれ

椅子の背もたれに背中をきちんとつけてご観劇を、ご鑑賞を、と、前傾姿勢をいましめるのが、昨今の劇場や映画館のスタンダードになっている。ところが、かつては、このことは、あまり厳しい指摘対象には、なっていなかったらしい。ある喜劇の名優と文化勲章授与の歌舞伎役者が、昭和40年代の演劇書の中での対談において

役者の仕事は、観客の背中を、背もたれから「引っ剥がす」ことだ

と意気投合している。つまり、身体も心も、舞台に対して前のめりになっていただくのが、俺たちの仕事だ、というわけです。

演劇の本のなかで、天下の名優2人が、堂々とこれを発言している。。。前のめりが当時の劇場マナーにおいても批判対象になっていたら、これは、ありえないでしょう。編集でカットされたはずです。でも、そうはならなかった、そういう時代がかつては確実にあった、ということです。

さまざまな「スタンダード」が、時の流れのなかで生まれたり消えたりしていることの、これは典型的な一例だと思います。そして、いまスタンダードなことは、「たまたまいまは」スタンダードなだけかもしれない。そういう視点や発想が大事だと思います。

ちなみに、劇場や映画館での前傾姿勢を、鬼の首でも取るかのように批判非難の対象にする、いまの風潮は、ぼくは、正直、好きになれません。正論は、ときに人を傷つける、という穿った言葉を残した首相がいましたが、それに近い何かを感じるのです。