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Aug 31, 2020

母に会いたい男たち

9月の歌舞伎座にかかる「引窓」は、心ならずも人をあやめてしまった相撲取りが、人目をさけて逃亡のはてに、年老いた母に会いにきた、という芝居だ。その母の継子が村代官になりたての若者で、しかもこの相撲取りを捕まえる、という代官としての初めての任務をかかえている。追う者、追われる者、そしてその両者にとって共通の母が、ひとつ屋根の下に居合わせる、という、はらはらした状況が展開する。

「真昼の決闘」「此処より永遠に」などを撮った名匠フレッド・ジンネマンに「日曜日には鼠を殺せ」という秀作がある。

日曜日には、、、印象的なこの語句は、ヨハネの黙示録からの引用である。

スペイン内乱の武闘派として名をはせ、逃げおおせた今は南フランスの片田舎にひっそりと暮らす男が、余命いくばくもない年老いた母に会いに、危険を承知でピレネー山脈の国境を超え、母の病院を訪ねる、というストーリーだ。

男を狙撃したいスペインの警察部隊は、入院先の母がもう長くない、との情報を流し、男はいわば、おびき出される形で、スペイン行きを決心する。

死を目前に控えた状態で、母はしかし、警察の魂胆を見抜いた。臨終の立ち会いをつとめる神父に、「私に会いに来てはいけない!」と息子への伝言をたくす。神父がこれを受けとった次の瞬間、母は危篤におちいり、やがて事切れる。

託された伝言、というか遺言を、この神父は、フランスの聖地ルルドを詣でる道すがら、男に伝えようとするのだが、、、

ここからの、ボタンのかけちがい、いすかのはしの食い違いが、二転三転のサスペンスをつむぎ出していく構成は、見事というしかない。そして、この二転三転ぶりや、そこに描かれる人の情けや喜怒哀楽が、母を訪ねゆく屈強な男、という設定の類似点もあって、ぼくの中では「引窓」と深く響き合うのだ。

「日曜日には鼠を殺せ」と「引窓」。「引窓」と「日曜日には鼠を殺せ」。
ぜひ見比べて欲しい。どちらも素晴らしい人間ドラマです。