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Jul 18, 2022

立派になられました

期待の若手歌舞伎俳優・中村鷹之資(たかのすけ)さんの「翔之會」(しょうのかい)に、行って参りました。3年ぶり、7回めを数える舞踊公演。妹さんの渡邊愛子さんも出演なさって、「藤娘」の可憐な舞い姿を披露してくださいました。

お二人のお父様・歌舞伎俳優5代目中村富十郎さんは、舞踊の名手としても一時代を築いた方です。ぼくが本当に可愛がっていただいた大向こう(歌舞伎にかかる掛け声)の大先輩・田中さんと富十郎さんは、固い絆で結ばれていた。田中さんが富十郎さんの舞台に掛ける「天王寺屋!」には、ほかの誰も入りこめない、2人だけが分かちあっている「時間の凝縮」を感じさせる、何ともいえない声の響きがありました。

その田中さんが、まだ幼かった、可愛いらしかった、かつての鷹之資さん(そのころは、下の名前にご本名をそのまま活かして、中村大、と名乗っていらっしゃいました)に掛ける大向こうは、「豆天王!」。ちっちゃい子役だから豆、となるわけですが、これがまた、歌舞伎の掛け声なんだけどそれだけではなくて、近所の仲良しのおじさんがちびっこに

「おお!元気にやってるか?」

「ほら、頑張れよ!」

とハッパをかけたり、励ましたり、自然に愛情をこめて相手をしてやってるような、やっぱりこれも、田中さんと大ちゃん(鷹之資さん。あえてこう書きます)にしか分かちあえない何か、を感じさせる響きでした。

そんな可愛らしい「豆」が、いまや20代、青春の真っ只中の、伸び盛りの時を迎えています。お七夜のお披露目会でお母様に抱かれてすやすや寝息をたてていた、あの坊やが、お父様の最大の当たり役「船弁慶」を、素晴らしい気迫で舞われました。幕切れ近く、花道に、平知盛の怨霊役で立つお顔は、汗と、もしかしたら涙も交じっていたのかなぁ、、、美しく光っていました。

ひとつの節目に自分の努力で到達し、何か責任のようなものをつとめあげた人の涙。

いいものを、立派なものを見たなぁ。

田中さんの、いまや「豆」の取れた「天王寺屋!」の声も、いまはコロナゆえ実際には掛け声は禁止されていますが、ご兄妹お二人にもぼくにも、はっきりと聞こえた夜でした。